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広島県連の活動

広島県生協連 行事報告
「ピースフォーラム2005 〜わたしの思い、あなたの思い…〜」

 

 広島県生協連では2003年より、ピースアクションのスタート集会の位置づけで「ピースフォーラム」を毎年開催しています。

 被爆60年の今年は、年明け早々に、秋葉忠利広島市長を講師に迎え「核兵器廃絶のための緊急行動」と題して学習会を行い、県内8生協200名の役職員組合員リーダーが学びあいました。

 さらに今年は、例年5月に開催してきたこのフォーラムを3月に開催し、地域で活動する組合員を中心につどい、今年の取り組みの方向性を確認しました。

●企画の概要

日 時:2005年3月14日(月) 13:30〜16:00

場 所:鯉城会館5階 パール 

参加者:89名 

内 容:

1. 講演「生協の平和運動とわたし」
  広島県生協連合会 冨田 巖 会長理事

2.講演「ヒロシマの心 〜今も語らざるをえないわたしの思い〜」
  広島県原爆被害者団体協議会常任理事
  広島平和教育研究所研究員 江種 祐司さん

3.本日のふりかえりと今後の活動予定

●内容の概要

1.講演「生協の平和運動とわたし」

冨田 巖 広島県生協連合会会長理事

 「8歳で終戦を迎え、最も大切な家族を奪われる悲しみや空腹を満たすことも出来ない戦時下の環境において戦争の愚かさを幼心に深く刻まれ、それが以降の生き方に影響を及ぼしています。」「40歳のとき、父の終焉の地(フィリピンの山奥)に父(33回忌)を迎えに行き、以来、私的には、その地に(環境を害さず小さな水力発電で)電灯をともす運動を展開。『初めて日本人に感謝する』との現地の女性の言葉も心に刻まれている。」と、個人としての想いを語る冨田会長。

「生協では、日生協設立宣言でも"平和とよりよき生活のために"との理念をはじめに掲げています。平和に関してさまざまな団体と手を携え運動を展開していくことを重視しています。」

2.講演「ヒロシマの心 〜今も語らざるをえないわたしの思い〜」

広島県原爆被害者団体協議会常任理事
広島平和教育研究所研究員 江種 祐司さん

 「被爆当時17歳だった私は、ピアノが弾けるうれしさに胸躍らせて広島師範学校に入学したものの音楽は禁止となり、兵器廠の軍事物資を金輪島の地下壕へ運ぶ役務に就きました。」

 投下直後の見るに絶えかねる無残な光景、誰もが極限状態に陥っている状況を、「人は、怪我をしても、熱線に焼かれ背中から炎が燃えても、頭皮が髪ごと肩までずれ落ちても、肋骨に守られた臓器と骸骨に守られた脳が動く限り何かを考え行動するものだと感じた(川や比治山を目指す人々を見て)。」と表現され、当時の衝撃的な状況を、自身で描かれた絵や、貴重な写真資料などを使いながら、語ってくださいました。

 「終戦後福山の実家へ帰り、意識不明の永い眠りから覚めたとき聞こえてきたのが大好きなモーツアルトのフィガロの結婚序曲、その喜びを私は忘れることは出来ません。平和とは(1)人間が生きる喜びを持つことが出来ること(2)一番やりたいと思うことが自由に出来ること(3)人間のすばらしさを伝え合い共有し感動が循環すること だと私は考えます。」

「決して許すことの出来ない戦争と原爆、その事実を世界中の人が知り、知った人が世界中に伝えることが、核兵器をなくすことにつながると信じ、願い、語り続けます。」

<参加者の感想>

「被爆体験の継承が大きな課題となっている今、江種さんの証言の中の『みなさんはこれをどう思われますか』という度重なる問いかけを、運動のエネルギーに変え継承していかなければならないと、思いを新たにしました。」

3.本日のふりかえりと今後の活動予定

 最後に今年の取り組みの方向性(3月フォーラム→5月NPT再検討会議代表派遣→6月NPT報告会→7月うた・リレー→8月ピースアクションinヒロシマ、他、被爆体験聞き取り活動や核兵器廃絶署名活動など)を確認し、閉会しました。

 会場には地域の皆さんの情報交流の場として活動状況のパネル展示や横断幕の書き込み、リーフレット販売なども行いました。

 

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